イヌビワ

犬枇杷 バラ目/クワ科/イチジク属 花期/(雄花)5月~10月、(雌花)7月~8月 結実期/8月~9月 黄葉/12月

食用自生種

イヌビワ雌株の果嚢 清水谷 2016/08/26

イヌビワ雌株の果嚢 清水谷 2016/08/26

林内や林縁部にふつうに生える落葉小高木で、雌雄異株(しゆういしゅ)。食べてもおいしくないので価値が落ちるビワ(枇杷)の意でイヌが冠されるが、ビワではなくイチジク(無花果)の仲間なのでせめてイヌイチジクとでも名付けてほしかったところ。命名当時は外国産のイチジクが日本に移入されておらず、どうやら日本人はイチジクの存在を知らなかった模様。

イヌビワの花

イヌビワの木には丸っこい緑色などの未熟な実のようなものが一年中付いているように思えるが、真冬にもそれが付いている木は雄株、真冬にはまったく付いていなければ雌株と見分けられる。丸っこいそれは、花を包み込む袋で花嚢(かのう、嚢は袋のこと)という。外からは全く見えないが、時期になれば内部で密かに花が咲いている。この特殊な花が受粉を完遂するには、イヌビワの花嚢の内部に潜り込んできて寄生するという変な習性があるイヌビワコバチ(犬枇杷小蜂)というこれまた特殊な小さな虫に頼る必要がある。という極めて特殊で奇妙な受粉システムが採用されている。イヌビワが受粉に成功して種子を作るにはイヌビワコバチの存在が必要不可欠なのである。そのため、イヌビワは自らの雄花をイヌビワコバチの棲み処(すみか)・餌として提供する、という思い切った行動に出ている。つまり、イヌビワという木はイヌビワコバチという虫を自らの意思で”飼っている”のだ。もちろん、イヌビワコバチが生きてゆくにもイヌビワが欠かせない。この相互の助け合い関係を「イヌビワとイヌビワコバチの共生」と呼んでいる。

イヌビワの雄株の花嚢(つまり雄花)は真冬を除いてほぼ通年、次々と新しくでき、次々と成長して熟してゆく。この雄花はイヌビワコバチというイヌビワに寄生する虫の棲み処になっている。つまり、雄花が成長して大きくなったところでどこかから飛んできたイヌビワコバチの雌を内部に受け入れ、雌蕊の子房に産卵させる。雄花にある雌蕊は、イヌビワコバチの幼虫が巣くう”虫癭(ちゅうえい、虫こぶ)”に、たまたま産卵されなかった子房は種子のように膨らむものの子孫を残す能力を持たない”秕(しいな)”となる。秕は事実上、ごみ。虫癭の中で成長したイヌビワコバチはいずれ成虫になり、雄は交尾だけしてすぐにあっけなく死亡、雌は雄蕊の花粉を体に付着させて雄花の花嚢を脱出し外の世界へと飛び立ってゆく──。

イヌビワとイヌビワコバチの共生

イヌビワの若い雄花の花嚢 三浦市小網代 2017/08/29

イヌビワの若い雄花の花嚢 三浦市小網代 2017/08/29

なお、イヌビワの雄花には、イヌビワコバチに寄生する(イヌビワコバチを餌とする)イヌビワオナガコバチ(犬枇杷尾長小蜂)という余計な奴も紛れ込んでくる。

イヌビワの実

花嚢は、花が咲き終われば無花果状果(いちじくじょうか)と呼ばれる実に変わる。実になっていれば名は果嚢(かのう)と呼び分けられる。が、外観からは花の段階なのか実の段階なのかはまったく判断が付けられなかったりする。

イヌビワの雌株の花嚢(つまり雌花)は初夏にできる。雌花は成長して大きくなったところでどこかから飛んできた”雄花の花粉を体に付着させた”イヌビワコバチの雌を内部に受け入れ、これによりイヌビワは受粉を完遂する。受粉した雌花は結実して果嚢となって種子を作る。真夏以降にこれが熟すとなんともおいしそうな甘い香りを放つようになり、鳥に食べられて種子を広範囲に散布してもらう。という仕組み。なお雌花に進入したイヌビワコバチの雌は産卵できずにそのまま死亡する。花粉を運ぶ係としてイヌビワに利用されて終わった形だ。受粉できなかった雌花は育たず落下する模様。

緑色から赤、紫を経て、ほぼ真っ黒に染まったものが雌花の完熟した果嚢。柔らかく、ぽたっと垂らさんとばかりに甘い蜜が溢れ出てジューシー。食用可。タネがぷちぷちして食感はとてもおもしろいが、甘みはほとんどないため、甘めのヨーグルトに混ぜるとおいしく食べられるだろう。苦みや青臭さなど不快な要素はない。が、雌花の果嚢の中にはイヌビワコバチの雌の死体が残っているかと思うとやっぱりちょっとなんか嫌だ。

イヌビワの雌花の果嚢 逗子市・池子の森自然公園 2017/08/27

イヌビワの雌花の果嚢 逗子市・池子の森自然公園 2017/08/27

イヌビワ雌株の果嚢 清水谷 2016/08/26

イヌビワ雌株の果嚢 清水谷 2016/08/26

イヌビワ雌株の完熟した果嚢 清水谷 2016/08/31

イヌビワ雌株の完熟した果嚢 清水谷 2016/08/31

雄花の果嚢は、熟しても黒くならず、赤っぽい状態のまま。瑞々(みずみず)しくなく柔らかくもなく、食用不可。中はイヌビワコバチの死んだ雄と脱出前の雌だらけだ。

イヌビワの雄花の果嚢 三浦市小網代 2017/08/29

イヌビワの雄花の果嚢 三浦市小網代 2017/08/29

イヌビワの雄花の果嚢、口を開けてイヌビワコバチを放出した後か 茅ヶ崎市・清水谷 2017/08/19

イヌビワの雄花の果嚢、口を開けてイヌビワコバチを放出した後か 茅ヶ崎市・清水谷 2017/08/19

イヌビワの黄葉

イヌビワの黄葉 横浜市栄区・瀬上市民の森 2018/12/23

イヌビワの黄葉 横浜市栄区・瀬上市民の森 2018/12/23

イヌビワの黄葉 横浜市栄区・瀬上市民の森 2018/12/23

イヌビワの黄葉 横浜市栄区・瀬上市民の森 2018/12/23


新林公園(古民家裏から登る山道沿いに点在)、藤沢市・辻堂海岸・なぎさ散歩道、高麗山公園(地獄沢入口)

参考資料

『イヌビワとコバチのやくそく』 浜島繁隆・鈴木達夫著 文研出版発行(1994)

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