相模上臈杜鵑草 ユリ目/ユリ科/ホトトギス属 花期/(自生地)8月下旬~9月中旬、(平地栽培)10月上旬~中旬
学名/Tricyrtis ishiiana (Kitag. & T.Koyama) Ohwi & Okuyama
稀少
種の保存法「国内希少野生動植物種」
環境省レッドリスト「絶滅危惧IB類(EN)」
神奈川県レッドリスト2020「絶滅危惧IB類」
神奈川県レッドリスト2006「絶滅危惧IB類」
伝#サガミジョウロウホトトギス 箱根湿生花園・企画展 2023/10/30
山地の沢沿いにある湿った岩壁から垂れ下がるようにして生える多年草。神奈川県の丹沢山地だけに産する固有種。上臈とは高貴な女性を意味し、俗称「丹沢の貴婦人」。昭和32年(1957)9月2日 秦野市・本町中学校(ほんちょう-)の石井初男教諭が塔ノ岳(とうのだけ)で発見した。当初は植物学者牧野富太郎博士が高知県・横倉山(よこぐらやま)で見つけたジョウロウホトトギスの変種に位置付けられていたが、現在は独立種として扱われている。姿が最もよく似ているのはキイジョウロウホトトギス(紀伊上臈杜鵑草)。種子植物(花が咲いてタネができる一般的な植物)としては唯一の神奈川県固有種である(シダ植物では三浦半島にのみ産するミウラハイホラゴケ(三浦這洞苔)なる神奈川県固有種あり)。神奈川の”県の花”はヤマユリ(山百合)と定められているが、ヤマユリは県外にも広く分布するものなので、神奈川県を代表する花はサガミジョウロウホトトギスである。静岡県と山梨県に分布するスルガジョウロウホトトギス(駿河上臈杜鵑草)を本種に含める見解を採れば神奈川県の固有種は皆無となるが。なお丹沢で発見され平成20年(2008)に神奈川県固有の新種と認められたタンザワサカネラン(丹沢逆根蘭)はのちに東北地方などでも見つかっている。日本固有種。自生地は狭い範囲に限られて少ないものの個体数はそれなりにあるようなので、レッドリストはIB止まりとなっている。とはいえ園芸目的の盗掘が絶えず、二十年くらい前に比べれば個体数は半減したという話も。野生のものを確実に見たければヘルメットとクライミングロープ(ザイル)を用意してヤマビル(山蛭)に吸い付かれながら(秦野駅前を流れる水無川(みずなしがわ)の源流域などで)危険な沢登りを敢行(かんこう)する必要あり。行者ヶ岳くらいは踏破できる登山者であれば、ツキノワグマ(月輪熊)に襲われたり鎖場(くさりば)で滑落死したりしなければ尾根の登山道近くで見られることもあるかもしれない。いずれにせよ一般人が身命を賭(と)さずしてお目にかかれるものでなし。栽培も基本的にはされてなし。園芸栽培向けに流通しているのはキイジョウロウホトトギス。神奈川県内の植物園や鎌倉の寺境内に植栽されているものはすべてキイジョウロウホトトギスである。好事家(こうずか)所有の育ちの良くない鉢植えが「秋の山野草展」に一つくらい出てくるかもしれないが、茎の長さが80cmくらいになるでっかい株は見た例(ためし)なし。
やや貧弱な伝#サガミジョウロウホトトギス 箱根湿生花園・企画展 2023/10/30
キイジョウロウホトトギスよりは小型という。キイジョウロウホトトギスと同様に、茎は無毛で、葉身(ようしん)基部は茎を抱く。
伝#サガミジョウロウホトトギスの茎葉 箱根湿生花園・企画展 2023/10/30
自生地は丹沢大山国定公園内にあり、自然公園法第二十条第三項第十一号の指定植物になっている。従って採取等は禁止されており違法(罰則あり)。
加えて、令和2年(2020)2月 「種の保存法」(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律、1992)に基づいて「国内希少野生動植物種」のうち「特定第一種国内希少野生動植物種」に指定され、野生個体の採取や譲渡・販売が原則禁止された(罰則あり)。なお園芸店が特定国内種事業者(環境大臣および農林水産大臣に届け出をした業者)であることを表示した上で人工的に増殖させたものを譲渡・販売することは違法でないので、流通が完全になくなってしまうわけではない。但し、元々流通量が少ないうえ本種である信頼性は十分でない。
といった具合で、神奈川県内で確実な本物サガミジョウロウホトトギスを目にしたければ自生地を訪れる以外に手がないのが現状。令和2年(2020)時点で日本植物園協会に加盟する七ヶ所の植物園が保有(環境省、1月17日報道発表 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律施行令の一部を改正する政令」の閣議決定について(国内希少野生動植物種の指定等) 添付資料①「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律施行令の改正概要」)。神奈川県内で所持しているところがあるかは不明。少なくとも展示はない。京都府立植物園あたりが持て余すくらいに大量増殖に成功しているならば、箱根湿生花園に下賜(かし)を賜りたいところ。神奈川県特産の神奈川県を象徴する植物を神奈川県が持っていない、県民が見る機会もないというのは、残念な話でしかない。
サガミジョウロウホトトギスの花
キイジョウロウホトトギスは茎途中の葉腋(ようえき)にも花を付けるが、サガミジョウロウホトトギスは茎先端に集中して総状(そうじょう)の花序を付ける。丹沢自生という写真を見る限りそうとは言い切れないものもあるように思われるが、よくわからない。キイジョウロウホトトギスは葉の上で咲くが、サガミジョウロウホトトギスは葉よりも下方に垂れて咲く。自生地の写真の確かにその通りながら、栽培品を見るとそうとも言えない。花冠内側の斑紋は密度が低くてややまばら。斑紋は花被片先端まで入るとされるが、写真ではそうでないものもある。葯(やく)は黄色でなく灰紫色。寒冷湿潤な自生地で現れる特徴が、温暖な平地での栽培環境下でも同じく出るのかは不明。自生地での見頃は9月上旬を中心にその前後。
伝#サガミジョウロウホトトギス 箱根湿生花園・企画展 2023/10/30
伝#サガミジョウロウホトトギス 箱根湿生花園・企画展 2023/10/30
伝#サガミジョウロウホトトギス 箱根湿生花園・企画展 2023/10/30
静岡県と山梨県に、より小型なスルガジョウロウホトトギスなる変種あり。葉が細め。形態はサガミジョウロウホトトギスに酷似するが、平塚・長澤曰く根茎が横走していればスルガジョウロウホトトギスだという。更に希少なので目にする機会はまずないか。山梨県産のものが園芸上カイジョウロウホトトギス(甲斐上臈杜鵑草)と呼ばれることがある。
東京都調布市・#神代植物公園(東京山草会「秋の神代植物公園山草展」に鉢植え)
#大船フラワーセンター(鉢植えに貧弱個体)
#箱根湿生花園(令和5年(2023)「ジョウロウホトトギスと秋草展」に昭和時代(1926-1989)中頃に丹沢で採取されたとかいう愛好家栽培品を引き取った鉢植え=学芸員曰く花期が異様に遅い・斑紋多い・葯が黄色い⇒キイジョウロウホトトギスとの違いがよくわからない・誤認や交雑等の疑いを排除しきれない)
参考資料
『神奈川県植物誌2018』(電子版を含む) 神奈川県植物誌調査会編 神奈川県植物誌調査会発行(2018)
平塚健一・長澤淳一「ジョウロウホトトギス類(ユリ科ホトトギス属)の自生地調査」 『日本植物園協会誌 第49号』 日本植物園協会発行(2014)
『日本の固有植物』 加藤雅啓・海老原淳編 東海大学出版会発行(2011)
大谷茂「神奈川県産植物の報告」 『横須賀市博物館研究報告(自然科学) 第5号』 横須賀市自然・人文博物館発行(1960)
北川政夫・小山鉄夫「ジョウロウホトトギスの変異」 『植物研究雑誌 第33巻 第8号』津村研究所発行(1958)
またまた投稿相済みません。
1)大船フラワーセンターのジョウロウ類の件です。
同センターがキイとトサの両種を同時的に栽培していた経緯があるのなら、種間雑種が当地でできた可能性があります。もし同センターが(原産地 – たとえば和歌山県の – の業者でなく)一般山草業者からキイとして当初納品したのなら、納品されたもの自体が元々交雑由来品でえあった可能性があります。植物園といえども、同定は必ずしも正しいとは言えません(間違っているケースは茶飯事です)。同定は自身の目で見て判断すべきと思います。写真で見る限り、写されている個体は少なくとも純粋なキイではないと思います(葉の基部の性質、花被片の斑点の出方、やや広めの葉身等)。トサにかなり近いもののように見受けられます。
2)私のつたない報文の件ですが、もしよろしければ別刷りをお送りしましょうか?
Emailでもお送りできるfileがありますが、画像の解像度がやや悪いものしかありません。
もし、その場合には私のemail addressにemailを下さればおおくりできると思います(冊子版の場合は送付先住所をお願いします)。