上臈杜鵑草 ユリ目/ユリ科/ホトトギス属 花期/10月上旬
学名/Tricyrtis macrantha Maxim.
稀少
環境省レッドリスト「絶滅危惧II類(VU)」
#ジョウロウホトギス 箱根湿生花園・企画展「ジョウロウホトトギスと秋草展」 2023/10/03
四国・高知県の山地でのみ自生が確認されている年草。NHK連続テレビ小説(朝ドラ)『らんまん』(2023)の主人公槙野万太郎(神木隆之介)のモデルとなった植物学者牧野富太郎が、明治18年(1885)に故郷近くの高知県・横倉山(よこぐらやま)で発見。牧野から標本を受け取って新種であると認めたロシアの植物学者マキシモヴィッチ博士が学名を付け、牧野が高貴な姿から上臈(じょうろう、宮中に奉仕した貴婦人)に因んで和名を名付けたのが始まり。若干26歳の牧野が”馬琴先生の八犬伝方式で”自費出版した『日本植物志図篇』の記念すべき第一巻第一集(1888)の第一図版を飾ったのが本種である。日本の近代的な植物学はこれから始まった。紀伊半島の固有種キイジョウロウホトトギス(紀伊上臈杜鵑草)などの近似種に対して、別名トサジョウロウホトトギス(土佐上臈杜鵑草)とも。神奈川県内にも丹沢山地に固有種サガミジョウロウホトトギス(相模上臈杜鵑草)なる似たものあり。いずれも希少種であるが、栽培が簡単で園芸植物として流通しているのはキイジョウロウホトトギス。神奈川県内の植物園や鎌倉の寺境内などに植栽されているのはキイジョウロウホトトギスである。ジョウロウホトトギスを見かける機会はだいぶ希で、植物園の企画展や秋の山野草展に少数出てくるのみ。サガミジョウロウホトトギスは立派なものは見た例(ためし)なし。
#ジョウロウホトギス 箱根湿生花園・企画展「ジョウロウホトトギスと秋草展」 2023/10/03
花内側の花被片先端部まで斑紋が入る(キイジョウロウホトトギスは先端部分には斑が入らない)。
#ジョウロウホトギス 箱根湿生花園・企画展「ジョウロウホトトギスと秋草展」 2023/10/03
葉身(ようしん)基部は、花柄(かへい)は抱くが茎までは抱かない、ように見える。厳密にいうと、葉身基部の片方だけは茎を抱いていたりいなかったりするのだが。キイジョウロウホトトギスは葉身基部の両方が茎までがっつりと抱き込む。茎は有毛。キイジョウロウホトトギスの茎はほぼ無毛。
#ジョウロウホトギスの特徴 箱根湿生花園・企画展「ジョウロウホトトギスと秋草展」 2023/10/03
#ジョウロウホトトギスの葉 箱根湿生花園・企画展「ジョウロウホトトギスと秋草展」 2023/10/30
#ジョウロウホトトギスの茎を抱いていないように見える葉身基部 箱根湿生花園・企画展 2023/10/30
#ジョウロウホトトギスの片方だけ茎を抱いている葉身基部 箱根湿生花園・企画展 2023/10/30
ジョウロウホトトギスは九州・宮崎県にも分布があるとする誤った情報が蔓延している。
・北村四郎・村田源・小山鉄夫『原色日本植物図鑑・草本編Ⅲ』保育社発行(1964)”〔分布〕温帯下部:四国(高知県、横倉山の石灰岩地帯に稀産する)・九州(宮崎県)”
・大井次三郎『改訂新版 日本植物誌』至文堂発行(1965)”四国(土佐)、九州(日向)の山中にまれに産する”
・佐竹義輔・大井次三郎・北村四郎・亘理俊次・冨成忠夫『日本の野生植物 草本Ⅰ 単子葉類』平凡社発行(1982)”四国・九州に産する”
・大井次三郎、北川政夫改訂『新日本植物誌 顕花篇』至文堂発行(1983)”四国(高知県)、九州(宮崎県)の山中にまれに産する”
・大橋広好・門田裕一・邑田仁・米倉浩司・木原浩『改訂新版 日本の野生植物1』平凡社発行(2015、該当箇所の執筆は髙橋弘岐阜大学名誉教授)”四国・九州に産する”
などといった錚々(そうそう)たる大著に「九州(宮崎県)にもある」としっかり書かれているのだから無理はない。大井次三郎『日本植物誌』至文堂発行(初版本、1953)には九州(宮崎県)に関する記載なくジヤウラフホトトギスは”四國の山中に稀産す”とする。九州(宮崎県)産ジョウロウホトトギスとやらに関して高知県立牧野植物園が確認している最も古い資料は、『植物研究雑誌 第33巻 第8号』津村研究所発行(1958)所収の北川政夫・小山鉄夫「ジョウロウホトトギスの変異」で、紀伊半島のみならず宮崎県の一ヶ所に産すると述べている。従って、九州(宮崎県)産ジョウロウホトトギスが本当に発見されていたのであれば、昭和28年(1953)頃から昭和33年(1958)の間にということになろう。その後に発行された図鑑等はこれを倣(なら)ってか、上記の通り「九州(宮崎県)にもある」と掲載している。しかしながら、あると記述したその根拠が示されたことなく、平田正一『宮崎県植物誌』宮崎日日新聞社発行(1984)は大井の『新日本植物誌』等にそのような記載あることは知っているが宮崎県内の産地は不明と困惑し、「宮崎県版レッドリスト2020」に掲載なく、令和5年(2023)の現在もなお宮崎県内の具体的な産地に関する情報一切なく、標本なく、宮崎県自生品とするSNS等の発信を見た例なし。宮崎県環境森林部自然環境課は問い合わせに対し、”専門家に確認したところ、「宮崎県には自生していない」”と回答(令和5年(2023)10月6日)。高知県立牧野植物園は”確認されている分布は高知県のみ”とした(同年10月20日)。あると証明できないものはないのである。ジョウロウホトトギスは、九州・宮崎県に自生しない。宮崎県の一ヶ所に産するものといえばキバナノツキヌキホトトギス(黄花の突抜杜鵑草)が思い起こされるが、さあて。(要するに、私は北川・小山(1958)が誤認した論文を発表したのち、日本を代表する植物学者たちが65年を経過した今もなおその誤りを無批判に引用し続けているのではないか、と強く疑っている。)ちなみに宮崎県は、”ヒュウガミズキ(日向水木)は結局のところ宮崎県に分布するのかしないのか”問題でも渦中にあったりする。
追記)大橋広好・門田裕一・邑田仁・米倉浩司・木原浩『改訂新版 日本の野生植物1』(2016)”四国・九州に産する”に関して平凡社に問い合わせたところ、”監修の先生方にも確認をいたしまして、分布の記述を、次の重版で以下のように変更いたします。「四国・九州に産する。」⇒「四国に産する。」”との回答を頂いた。(令和6年(2024)1月19日)
#大船フラワーセンター(アジサイ・ボーダー花壇のロウバイ地帯に花被片先端まで斑紋が入る交雑種らしきものあり、キイジョウロウホトトギスの頁参照)、#藤沢えびね・やまゆり園(「ジヨウロウホトトギス」の名札あり、但し毎年8月第2日曜日で閉園する)
#箱根湿生花園(9月下旬~10月初旬、令和5年(2023)「ジョウロウホトトギスと秋草展」に少ない=サガミジョウロウホトトギスの出品なし)
参考資料
『日本植物志図篇』 牧野富太郎発行(1888)